本研究は、岡山県真庭郡勝山町にある大阪大学人間科学部比較行動学勝山第2実験所のニホンザル放飼集団を対象として、ニホンザルの道具使用の可能性と限界を明らかにすることを目的として行った。いずれの実験においても、実験中の被験体による呈示物への関わりは、8mmVTRを用いて記録し、生起した行動と持続時間を記号化してパーソナルコンピューターに入力して分析した。本集団において、棒を壁に立てかけ高所の食物をとることのできる個体は1頭だけであったが、その個体の行動はより優位の個体の存在により制限されていた。そこで、優位個体を集団から一時的に取り除いた上で棒状物の提示実験を行った。まず、壁の高所に食物を貼り付け、長さの異なる棒の提示実験を行った。その結果、この個体は、より長い棒を(必要以上に長い場合でも)選択して使う強い傾向を示した。次に、形状の異なる2種類の棒状物の同時提示を行ったが、必ずしも壁に立てかけやすい形状の物を安定の良い向きで立てるとは限らなかった。さらに、棒状物を高所に到達するため以外の目的で道具として使用できるかどうかを調べるために、場内に筒を設置してその中に食物を置き、棒を提示した。しかし、棒で食物を引き寄せたり押し出したりするような行動は観察されなかった。これらの結果は、ニホンザルが棒状物を高所に到達するための道具として理解していることを示しているが、目標到達にとって適切な形状に対する理解は不十分であるとともに他の目的への応用も難しいことを示している。本年度はさらに、棒の壁への立てかけを行ったことはあるが目標への到達のために利用できない個体を優位個体とするような集団形成を行い、壁への食物の張り付けと棒の提示を行ったが、食物を取ることができるようにはならなかった。これは、棒を決まった位置に立てる技術の模倣がニホンザルには簡単でないことを示している。
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