民族概念としての「伝統」を変化する現代との関わりからとらえるという、研究の主眼に関しては、予定通りの成果を挙げたとは言い難い。この主題を正面から取り上げるための基礎となるデータの整理と分析の展開、発表に主に時間を割かれ、今後に大きな課題を残すこととなった。 具体的には、予定された3本の論文のうち、ベドウィンの定住過程に関する研究は何らかの形で成果を発表することができなかった。定住後も、ベドウィンが独自の定住形態を新たに生み出そうとしていることは明らかだが、その過程はいまだ流動的であり、全体像を描きだすには今しばらくの調査が必要であるとの結論に達した。 政治経済活動のための各種団体の組織に関しては、すでに一度成果を発表している国政選挙における運動について、改めて「伝統」概念の運用という視点から再分析を行い、伝統が危機的状況において再生され、同時にすりかえられ、また意識化される過程をより鮮明に論じることができたかと思う。 最後に、聖者信仰に関しては、現在起こりつつある聖者信仰をめぐるベドウィンたちの間の葛藤に着目しつつも、これを論じる前段階として、一連の社会変化が開始される以前の聖者信仰の形態について一稿発表するにとどまった。この論文自体は、従来の聖者信仰研究、あるいはイスラームの実践をめぐる研究に一石を投じるものではあるが、本研究代表者の本旨からすれば、急ぎ本来の主題へと論を進めたいところである。 なお、フィールドを離れた形では、本研究の理論的側面を補強する論文として、「オリエンタリズム」と民族誌の営為に関する小論を発表した。これをどのような形で調査の成果に生かすという点も、次年度以降追求すべき問題である。
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