本年度は、世阿弥の「脇の能」の中から「弓八幡」と「難波梅」の二作品を選び、諸本調査を踏まえて検討を加え、別記記載の二論文にその成果をまとめることができた。世阿弥作の能の中から上記の二作品を選んだのは、「弓八幡」は『申楽談儀』の記述から、「難波梅」は自筆本の年記から、その成立年代の下限が設定でき、おおよその成立年代の特定が可能であるためである。ジャンルを同じくする二作品の成立年代を足がかりとして他の作品の成立も考察可能となるであろう。「弓八幡は、従来、足利義教、もしくは義持の将軍就任を祝って作られたものと考えられてきたが、作品の検討により、称光天皇即位の祝儀能として作られたのではないかという仮説を提示した。「難波梅」については、自筆本の表記が他の署名本と趣が異なる点、古今注、舞楽説話の摂取法の比較から、同種の「脇の能」の中でも、早い時期に成立した作品ではないかと推定した。 世阿弥自筆本をめぐる問題は、これまでの諸本比較の蓄積をふまえて、今後、継続して研究していくことになるであろう。
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