本研究では、最近の生成文法理論(ミニマリスト・プログラム)の視点から、英語における不定詞、特にto不定詞の歴史的発達について考察した。まず、古英語におけるto不定詞に関しては、(i)toが後続する不定詞に与格を付与していた、(ii)普通のPPと等位接続可能であった、という2点から、その構造はto(=P)を主要部とするPPであることを論じた。次に中英語における完了・進行不定詞の出現などの事実より、古英語から中英語にかけて、不定詞標識toの範疇がPからTへと変化し、to不定詞の範疇もTPとなったと考えられる。さらに、この変化の帰結として、不定詞標識toの格素性(Case feature)が、基本的には現代英語におけるものと同じになった。すなわち、古英語においては一様に与格素性を持っていたtoが、中英語においては空格(Null Case)素性を持つtoと格素性を全く持たないtoの2種類に分岐した。この変化を仮定すれば、to不定詞主語の格照合の方式にも変化が生じたことになり、代不定詞、分離不定詞、主語関連不定詞関係節、語彙的主語を伴う不定詞という4つの構文が、中英語においてto不定詞に関して許されるようになったことが原理的に説明される。また、格素性や格照合のようなミニマリスト・プログラムの仮定を用いた本研究が支持されるならば、ミニマリスト・プログラム自体の妥当性も支持されることになり、本研究の言語理論に対する貢献になるであろう。この研究成果は、裏面記載の論文に加えて、近代英語協会第13回大会(1996年5月24日、於成蹊大学)において発表予定である。
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