研究概要 |
今年度は、予備的な調査ではあったが、中国青海省のアムド方言を調査することができた。チベット語アムド方言は、中華人民共和国の青海省、甘粛省、四川省にわたる地域で話されている方言である。中央方言に比べ、声調を持たず、有声・無声の対立を残している点でチベット語のより古い形態を残していると考えられている。1995年8月、青海省同仁県のアムド方言のデータを採取した。 アムド方言は、中央方言に比べ古い音節構造を保持しており、子音の体系は複雑である。とくに、音節初頭では多くの子音が区別され、また、子音結合も多い。さらに、中央方言では失われているが、音節末においては、n,m,ngの区別を保持している。 統語上、基本的にはSOV型の構造を持つ。中央方言と同じく能格型の格形式を示す。調査した方言では、古典語の la don(LA格助詞)は、先行する名詞の音節末子音(綴字上の添後字rjes'jug)を繰り返し、母音aを付加することによって表される。(ただし、再添後字 yang'jug は消滅しており、繰り返されない。) 今年度はLA格助詞の生起の記述を課題としていたので、存在文、所有文などのほかに使役構文の例を採取した。被使役者は中央方言と同様 la don(LA格助詞)を付加することによって表されるが、1人称の nga「私」のときは弱化しており、他の場合は、上で述べたように音節末子音が繰り返されるタイプのla don(LA格助詞)が用いられる。また、中央方言では動詞句は V+du bcugとなるが、アムド方言では V+gi bzhugが用いられ、中央方言とは大きく異なる。 今回の調査は予備的なものであり、使役構文の例を収集してみたが、アムド方言の門をたたいた程度にすぎない。実際には、中央方言にはない助動詞など、きわめて興味深い例が見られるので、さらに調査を進める必要がある。
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