今年度は主にドイツの優先株式や享益権(享益証券)について研究を進めた。 前者については、元来アメリカで発生した種類株式という制度がドイツ法に継受されるに際して受けた変容が明らかにされた。一般的にいうと、英米の会社法は機能性を重視し、規制が緩やかであるのに対して、欧州大陸の会社法は相対的には古典的な法人理論・会計理論などの上に立っている。日本の会社法制の今後の方向性としては、不必要な規制を廃し、機能性を重視すべきであると考えるが、日本の会社法が基本的には大陸型のものを継受したものであることから、会社法制の改革は容易でないことが予想される。ドイツ法が優先株式を受容するに際して施したある種の換骨奪胎は、日本法の今後を考える上で看過できない論点を含んでいる。たとえば、立法論においては法解釈の前提となっている古典的な概念に不必要に拘泥してはならないことが導かれよう。 後者については、享益権を専ら抽象的な法理論として考察することは妥当ではなく、なぜそのような変則的な制度が存在するかの考察こそが重要である。優先株式にも共通するが、典型的な株式や典型的な社債の存在意義が明らかであるのに対して、享益権のような変則的な制度は隙間(ニッチ)的な需要に応えることが多い。ドイツでいえば、金融機関の自己資本強化や一般事業会社の従業員の資産形成などがそれである。もちろん日本においてもこのような需要が存在しないわけではないが、日本に類似の制度を導入すべきとは直ちに断言できない。むしろ、ドイツでは会社法の建前が厳格すぎ、種類株式などの利用で需要を満たすことができなかった事情を無視してはならない。ドイツの法規制を全体的に眺めると、種類株式に対する規制と享益権に対する規制とが均衡を失しており、その模倣は適切なこととは思われない。
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