本研究では、退職金税制が、転職行動にどのような影響を与えているかを実証的に明らかにしている。退職金税制は、法人税制においても個人の所得税制においても優遇措置が存在する。特に、個人所得税においては、勤続年数が長い労働者の方が、退職金の税制優遇措置が大きいという特性がある。この場合には、賃金で所得をもらうよりも、退職金でもらうこと、そして、一つの企業に長期間勤続することを促進するような誘因を労働者にもたらしている。長期勤続を促進することは、企業特殊熟練の形成をもたらす上、転職の抑制により訓練費用を削減することから生産性上昇効果ももっている。しかし、産業構造の変化が産業間の労働移動を必要とする場合に、転職の抑制効果があまりにも大きいと、必要な産業に必要な人材が集まらないという事態が生じる可能性がある。しかも、人口の高齢化は、新規学卒採用による産業間の労働移動の相対的な大きさを小さくしている。どうしても、中途採用による労働移動がないと産業構造の激変に対応できなくなる可能性が高い。そこで、現行の退職金税制が、どの程度長期雇用者を優遇しているかを、推定して、その優遇により、転職率がどの程度引き下げられているかを、計量的に分析した。優遇税制の影響は、非常に大きいことと、その優遇税制により、大企業の高齢者の転職率は、0.2%ポイントは少なくとも引き下げられていることが示された。転職抑制による生産性上昇効果と、産業構造転換を遅らせることによる生産性低下効果のどちらが、大きいかについては、今後の研究が必要であるが、退職金税制が転職行動に与える影響を初めて数量的にあきらかにすることができた。
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