本研究の目的は、3次元数論的多様体に対する量子エルゴード性を考察し、その応用として素測地線定理の誤差項の改善を試みる事であった。2次元の数論的多様体に関しては、既に2年前にサルナック・ルオらにより、量子エルゴード性が証明され、素測地線定理の誤差項の改善も得られていたが、3次元以上の多様体に関しては、一切結果が知られていなかった。また、2次元の場合には、計算機による数値計算により、量子エルゴード性を示唆するデータが得られていたが、3次元以上の場合にはそうしたデータが全く存在しない。こうしたことから、この問題はデータから結果を推測することが不可能であり、量子エルゴード性の成立の可否そのものも推測がなされていなかった。本研究によって得られた主な研究結果は、アイゼンシュタイン級数に対する量子エルゴード性がリーマン・ゼータ関数のリンデレ-フ予想(より正確には凸境界の改善)と同値である事を証明したことである。リーマン・ゼータ関数とは、整数論で最も重要な関数であり、特にその臨界線上の値は素数分布などの未解決問題に決定的に影響することが知られているが、リンデレ-フ予想とはそうした値の漸近評価に関する予想であり、その成立はほぼ確からしいと言われている。この定理により、最新の概念である量子エルゴード性が、古典的な解析数論の未解決問題と結びつけられ、この分野の重要性が一層明確に認識されるに至った。また、リンデレ-フ予想は未証明でありながらその成立が信じられているが、それと等しい確度を持って3次元の量子エルゴード性が成立することが示されたことになり、結論として、量子エルゴード性の成立が推測できることとなった。この結果は既に京都大学における解析数論研究集会において報告され、同報告集は現在執筆中である。
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