カルボン酸の酸性塩では、アニオンどうしが非常に強い水素結合で結び付けられている。このような短い水素結合においては水素の位置、言い換えれば水素がどのようなポテンシャルエネルギーを感じているかが、古くから問題とされてきた。水素結合が長い場合には、二重極小型のポテンシャルエネルギーに束縛されるのに対し水素結合が非常に短い場合には水素は単一極小型のポテンシャルに束縛される。そのいずれになるかを判定する基準として、水素結合上の結晶学的な対象要素の存在が提唱されてきたが、近年の実験ではその基準はそれほど単純ではないことを示唆する結果が現れてきている。 今回重水素共鳴実験を行ったアセチレンジカルボン酸水素ルビジウムはそのようなカルボン酸の酸性塩の典型的な例である。水素結合は二回回転軸上にあり対称的であり、前述の基準に照らしあわせると単一極小的なポテンシャルエネルギーに水素が束縛されていると推測されるがスピン格子緩和速度の測定では二重極小型のポテンシャルを示唆する運動が観測された。水素が水素結合の中心にある場合には、対称性の要請から電場勾配の主軸のうち一本はb軸に平行なはずである。二重極小的なポテンシャルエネルギーに水素が束縛されて水素結合を作るどちらか一方の原子と強く結びついている場合には電場勾配が最も大きくなる方向は、その結合の方向に向く。その2点の検証を行うために単結晶による重水素スペクトル測定を行った。その結果、電場勾配の最大軸は少なくともb軸上にないことは明らかになった。残り2軸のうちの一方がb軸に存在するかどうかは、ηが0に近いサンプルでは非常に精密な実験を必要とするが、今回製作したゴニオメーターを用いても完全に方位を制御することができなかったために判定不可能であった。今後それを行うことでより明確な情報が得ることができる。
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