分子磁性体の研究分野において困難になりつつある物性評価を正確に行うため、新しい方法としてパルスESRを用いた過渡的電子スピン章動分光法を開発し、その有用性を検証する目的でMgO粉末中のCr(III)イオンや安定なπアリール型高スピン有機分子に適用した。その結果、以下に示すように従来のcw-ESR法では得ることができなかった新しい電子状態に関する知見を得た。過渡的電子スピン章動の測定には、Bruker社製ESP380E分光器を使用し、温度制御のためにターボ分子ポンプ(購入備品)を組み込んだクライオスタット断熱部を構成することにより液体ヘリウムの温度領域(〜4K)で測定を行った。 1.MgO粉末中に希釈されたCr(III)イオンに過渡的電子スピン章動分光法を適用し、従来のcw-ESR法では線幅内に隠れているためにMgOの高い対称性から零であると長年思われてきたCr(III)イオンの微細構造定数が実際は有限の値をもち、MgOの格子が歪んでいることを明らかにした。さらに、密度行列法を用いて時間に依存する運動方程式を厳密に取り扱うことにより、観測されたMgO中Cr(III)のフーリエ変換章動スペクトルからMgO中Cr(III)の微細構造定数の大きさを見積もった。 2.室温で安定なπアリール型高スピン有機分子に過渡的スピン章動分光法を適用し、章動周波数が多重項分子の有効電子スピン量子数S、Msに依存することを利用して有効スピン量子数を直接的に決定した。πアリール型の分子は立体障害によりその分子構造がかなり歪んでいることが予測されるが、分子の多重項状態の形成が証明されたことによりπ共役系におけるトポロジー的スピン整列機構が非常に強固なものであることを立証した。
|