遷移金属イオンや有機ラジカル分子からなる低次元スピン系のスピン相関・スピン緩和を、FTパルス電子スピン共鳴法(EPR)を用いて調べることを試みた。得られた知見は以下の通りである。 1.取りあげたニトロニルニトロキシド系有機分子錯体の結晶中では、基底スピン量子数の異なる2種類の分子(スピン量子数S=1/2とS=1)が交互に並んで1次元鎖を形成しており、互いに反強磁性的に相互作用していることがわかっている。この化合物のスピン-スピン緩和時間(横緩和時間)を調べたところ、80Kと10Kの間で温度の低下とともに徐々に増大することがわかった。このような温度変化は、従来研究されていた遷移金属イオンの低次元スピン系とはまったく異なるものであり、特異なスピン-スピン緩和の存在を示唆する。磁化率の測定結果やスピン状態の数値計算を考え併せた結果、S=1分子内の2つの不対電子がそれぞれ別個に隣の分子のスピンと対を作って磁気モーメントを失うことがわかった。S=1分子内の磁気的自由度の存在が、分子間一重項対の形成を通してスピン-スピン緩和に反映されたものと解釈できる。有機フェリ磁性体の実現が困難である理由のひとつとして、磁気秩序が上記の分子間一重項対によって阻害されることを提案した。 2.2次元系として(CnH2n+1)CuCl4を調べる予定だったが、実験の結果、緩和時間が極めて短く信号の検出が困難であることがわかった。そこで、より基本的な2-スピン系である酢酸銅(亜鉛をドープしたもの)を取りあげ、パルスEPRによるニューテーションスペクトルを調べた。その結果、S=1/2(ドープ部位)とS=1(非ドープ部位)との間で分子間スピン分極移動が起こっていることを明らかにした。この結果はパルスEPRの新たな活用法-より検出感度の高い共存スピン種を経由して微弱信号成分を観測する-を示唆するものである。
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