植物地理学において、太平洋で隔てられた東アジアと北米に暖温帯落葉樹の類似した植物相が隔離分布している。この理由として(1)始新世(約40Ma)に北極海周辺に広く分布していた第三紀北極植物群がその後の気候の低温化でアジアと北米に依存的な種が残り、その子孫が現在の各フロラの構成種であるという説と(2)始新世以降も北極周辺に暖温帯落葉性植物相が発達しており、中新世(約13Ma)ころの気候の低温、乾燥化にともない、現在の隔離分布が形成されたのではないかという説が提唱されている。本研究では、北米と東アジアに多くの種が隔離分布するカエデ属を用いて両仮説を検討することを目的とした。 まず、予備実験から、葉緑体ゲノムのRELP解析、rbcLの塩基配列、rbcLよりも進化速度が早いmatK遺伝子の塩基配列を数種間で比較し、RELP解析が本研究に最も適していることがわかった。そこで、カジカエデ葉緑体ゲノムの物理地図、遺伝子地図を作成し、カエデ属の葉緑体ゲノムはタバコ型の構造をしていることがわかった。カエデ属65種のRELP解析から、これまで不明であった、節間の系統関係を推定した。前縁の葉を持つ群、常緑性の群が多系統的に生じたなど、系統分類学的に興味深い結果が得られた。また、3組の北米産種と東アジア産種の分岐年代を推定すると、どれも約10Maであることがわかり、前述の仮説2が支持されることがわかった。さらに、化石データを基準として、塩基配列の進化速度を推定すると、これまで報告されている草本植物より10倍程度遅いことがわかった。
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