本研究の目的は、日本古代において特に都市に立地する住宅が有する空間的特質を解明するための一環として、都市における中下級貴族官人層の住宅の実態を明らかにすることであった。 この階層に属する人々の住まいの実態を明らかにするためには、従来より主要な史料として用いられてきた公家日記を中心とする古記録類や儀式書だけでは不十分で、土地家屋売券などの文書類や、当時の社会状況を描く説話・物語あるいは女流日記といった文学史料、さらには絵巻物などの絵画史料が有用で、また近年飛躍的に進展しつつある住宅遺跡の発掘調査成果も重要な史料となる。 そこで本研究ではそれら関連史料の収集と整理に努めてきた。関連史料は多岐にわたっているため、十分な収集・整理が果たせたわけではないが、まずは家地関係史料を中心とした考察を進めることとし、これに関しては一応の成果をいわゆる中間報告として公表することができた。ただし事例数の限界から、京内の住宅以外に、京周辺の社家や寺家住房、京外の下級官人の家や地方豪族の館まで考察対象を広げている。そられ事例考察によって、中下級貴族住宅の具体像を提示し、さらに上級貴族住宅との関連について論じることで、その成立事情についても見通しを得た。すなわち、中下級貴族と上級貴族の間には、社会的、政治的、経済的立場の違いなどから、生活文化に大きな懸隔があり、住宅に対する考え方=住居観も、また住宅の実態についても大きく相違していた、というのが現時点での成果である。今後はそれを踏まえさらに以下の3点を課題設定し、研究を進める所存である。(1)中下級貴族の生活実態の個別的解明、(2)説話・物語や絵画史料、住宅遺跡の発掘成果など多様な史料による事例分析、(3)「寝殿造」から見た中下級貴族住宅の住宅史上における位置づけ。
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