低原子価の金属を用いたカルボニル化合物のモノアリル化反応は、莫大な研究例があり、その成果は、ほぼ完成の域に達しているといっても過言ではない。しかし、低原子価のバナジウムを用いたアリル化反応の例はない。その理由として、II価のバナジウムは、臭化アリルを容易に還元する能力を有しているが、それにより生成するアリルバナジウム化合物は非常に不安定で、すぐ臭化アリルの二量化反応が進行する、と言うことがあげられる。低原子価バナジウムと臭化アリルの組み合わせによる反応を設計するとき、いかにアリルバナジウムを安定に系中に発生させるか、また、いかに二量化する前に反応を起こさせるか、と言う問題点を解決しなくてはならない。これらのことを踏まえ、臭化アリルとII価のバナジウムとの組み合わせについて検討した結果、カルボニル化合物から酸素の脱離を伴い一段階でカルボニル炭素を四級炭素に変換する方法を見いだした。 プロピオフェノンにMeMgBrを作用させた後、単離可能な単核のII価のバナジウム錯体VCl_2(tmeda)_2と臭化アリルを加え加熱還流すると、プロピオフェノンのカルボニル基の酸素が脱離し、メチル基とアリル基が導入された四級炭素生成物が得られた。反応機構は次のように考えられる。まず、プロピオフェノンとMeMgBrから生成するアルコキシマグネシウムと二価のバナジウムが金属変換しアルコキシバナジウムができる。それが臭化アリルを還元しアリルアルコキシバナジウムが生成する。その後、バナジウムが酸素を伴って脱離し分子内でカップリング反応が生じ、四級炭素化合物ができる。本反応は、他の価数(三価、四価)のバナジウム錯体やクロム、チタンなどの他の低原子価金属を用いても全く進行せず、バナジウム二価特有の反応であることが分かった。今後、不斉配位子を有するバナジウム錯体を合成し、不斉反応に応用する予定である。
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