本研究では、Botrytis cinerea(以下BCと省略)の感染機構におけるβ-グルコシダーゼの役割を以下の点から検討した。リングを宿主に、BCの11菌株について実験した。 1.感染時の酵素活性の変動を追跡することで、感染に係わる酵素の推定を行った。その結果、培養初期にβ-グルコシダーゼ活性が強い菌株ほど強い病原性を示した。そして本酵素は、リンゴ細胞から調製した細胞壁画分により顕著に誘導され、かつこれを分解した。よって、本菌の初期感染に関与する酵素は、β-グルコシダーゼであると推定した。2.本菌のセルラーゼ生成の調節機構を解明するため、酵素の誘導物質について検討した。その結果、本酵素は基質とはならないアビセルのような結晶セルロースにより誘導され、G_6に対して強い活性を示すことを明らかにした。3.本酵素を精製し、その酵素化学的性質を明らかにした。病原性の強い菌株の酵素は基質特異性、分子量、ConA吸着率が、弱い菌株の酵素とは異なることが明らかになった。そこで本酵素の活性発現には酵素分子中に糖鎖を有すること必要であると推定できた。4.宿主に対して示す病原性を解明するため、精製酵素を植物組織切片に直接反応させ、病原性の再現を試みた。酵素処理によりリング組織はエチレンを生成したが、エタンを生成しなかったので、この反応が細胞壁には作用するが細胞膜は破壊しないと推定した。この反応を顕微鏡で観察したところ、酵素処理細胞は、細胞間隙が開き、球形に変形しているのを認めた。 以上の事実から、β-glucosidaseの本菌の感染においての役割が明らかになった。本酵素は、単独で細胞壁特に一次細胞壁を分解し、宿主細胞膜は破壊せずに共存的に反応を進めることによって、宿主側の防御機構による酵素活性の阻害、酵素誘導の抑制がなされるのを避け、感染初期の病巣中で優位に反応することができる。本菌は、この特殊な酵素を生産することによって、宿主側の防衛機構を巧みにかいくぐり、宿主への感染を成立させると想定した。
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