研究概要 |
ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)は、ヒトに長期間持続感染し、最終的には後天性免疫不全症候群へと導く。HIV-1には自身の複製に必須ではないアクセサリー遺伝子群が存在するが、その一つであるvpr遺伝子はウイルスの本来持っている細胞傷害活性への関与が示唆されていた(Nishino et al., J. Gen. Virol. 75:2241-2251,1994)。その一方で、その蛋白質は核移行性がありロイシンジッパー様配列を持ち、細胞増殖抑制あるいは分化を誘導することが知られていた。本研究は、vp遺伝子産物が相互作用する細胞因子の単離およびその機能解析により、誘導される細胞分化、増殖および死といった現象の機序を明らかにすることを目的としている。本年度は、Vpr蛋白質により誘導される現象のうち、まず、細胞増殖と死に関する機序の解析を始め、以下の成果を得た。 1.vpr遺伝子の各機能領域と予測される部分に欠損あるいは点変異を導入したVpr発現ベクターを作製した。 2.1で構築した発現ベクターを細胞に導入し、Vpr蛋白質の細胞内局在および細胞増殖への影響を解析した。その結果、(1)Vpr蛋白質の核移行に関連する領域はGlu^<17>-Ala^<59>にあり、特にGlu^<17>-Phe^<34>が重要であった。(2)Vpr蛋白質の発現により、細胞周期はG2期にアレストされることを確認した。(3)vpr遺伝子を導入したNIH3T3細胞はコロニー形成率および増殖性が極めて低下した。この現象に関連する領域はMet^1-Asn^<16>あるいはGlu^<82>-Ser^<96>であった。また、導入された細胞は高率にflat-typeに形態変化しており、この現象にはMet^1-Ala^<30>あるいはIle^<60>-Ser^<96>が関与していた。(4)Vpr発現細胞における形態変化の機序を調べるために、導入された細胞の細胞骨格および細胞外マトリックス蛋白質のmRNA量を調べたところ、ビメンチンとラミニンで発現増加傾向が認められた。 最近、Vpr発現細胞では不活性リン酸化型のp34^<cdc2>が増加することが報告された。それと本年度の成果から、Vpr蛋白質はp34^<cdc2>がキナーゼとして活性型になる上で関連する脱リン酸化あるいはリン酸化過程に作用し、不活性化型を増加させ細胞周期をG2期にアレストすると同時に、直接、あるいは間接的にこのキナーゼの基質である蛋白質(ビメンチンやラミニン等)のリン酸化の低下、あるいは転写段階での増加を誘導し、その結果、細胞の形態変化を引き起こす可能性が示唆された。現在、これらの可能性について詳細な検討を進めている。
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