研究概要 |
ドパミンD3受容体遺伝子座位上にあるBal I多型は精神疾患との関連で注目されているが,これまでにその多型の精神症候学的意義については,一定した結論が得られていない。われわれは精神分裂病の疾病異質性から,このBal I遺伝子多型が特定の精神医学的変数と関連のある可能性もあると考え,精神分裂病患者にみられる個別の初発症状とこの遺伝子多型の出現頻度との間の関連性について検討するとともに,この遺伝子多型が抗精神病薬で発症する遅発性ジスキネジア(TD)の脆弱性に関連した要因であるかどうかについても検討した。対象は文書及び口頭で本研究についての説明を行い,書面での同意の得られた精神科患者で抗精神病薬服用歴のある124名と,これまでに抗精神病薬服用歴のない正常対照群48名であり,精神科患者124名の診断内訳は精神分裂病113名,精神遅滞9名,感情障害2名である。これらの被検者から採取した血液から,D3受容体遺伝子座位のエクソン1を含む部位をPCRにて増幅し,その産物を制限酵素Bal Iで切断し,その遺伝子多型について調べた。その結果,精神分裂病群全体(n=113),及び精神分裂病患者の初発症状として,(1)幻覚妄想(n=60),(2)奇異な行動(n=71),(3)思考障害(n=48),(4)陰性症状(n=68)の症状がみられた各群と正常対照群(n=48)との間では,Bal I多型の出現頻度に有意な差は認められなかった。また抗精神病薬服用患者におけるTDに脆弱性のある患者群(n=49)とそうでない患者群(n=56)との間にも,その多型出現頻度に有意差はみられなかった。以上のように,今回の調査結果からはドパミンD3受容体遺伝子多型と特定の精神医学的変数との間に有意な相関所見を見いだすことはできなかったが,精神疾患でドパミン神経系の異常が想定されていることから,今後さらにドパミン神経系に関連した他の遺伝子多型についても検討の価値があるものと考えられた。
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