現在、肺癌における非小細胞癌に対する第一選択は外科的な切除である。しかし、縦隔リンパ節転移を伴うような進行肺癌症例では、手術の際、リンパ節郭清を施行したとしても、術後早期に縦隔再発を来し、失う症例も多く、その様な症例での術後5年生存率は未だ満足の得られるものではない。これに対して今日、手術前後に抗癌剤を併用し、治療効果をあげる試みが種々なされているが生存率をあげるまでにはいたっていない。こういう中、局所の抗癌剤濃度をあげる方法として、アンギオテンシンを使用して、全身の正常血管のみ収縮させ、癌組織中の新生血管の血流を相対的に増大させた状態で、抗癌剤の投与を行なう、昇圧化学療法が開発されて来た。この効果は、肺癌手術後の、特にリンパ節郭清を施行した縦隔組織の創傷治癒過程で新生される微小血管に対しても、癌組織中の新生血管と同様の効果を発揮すると考えられる。本研究は、まず抗癌剤の局所への移行におよぼす、アンギオテンシンを使った昇圧化学療法の効果について実験的に検討した。 雑種成犬を用いて、全身麻酔下、左下葉肺の摘除術と縦隔リンパ節郭清を行った。そして、摘出した縦隔リンパ節を分離し、細切し気管分岐部直下(いわゆる#7のリンパ節の位置)に再び移植した。これは、縦隔リンパ節転移を伴う進行肺癌に対して現在一般的な手術方法である原発巣のある肺葉切除と縦隔リンパ節郭清を施行した状態で、リンパ節を細切して縦隔に戻す事は肺癌術後に縦隔再発の原因となる細胞レベルでの癌細胞遺残をモデル化したものである。上記操作を施行後、雑種成犬を麻酔より覚醒し、3週間飼育した。初回肺葉切除3週間後に、再び全身麻酔を施行した後以下の如く2群を作成した。 A群(n=5):アンギオテンシンの微量持続静注を施行し、体血圧を平均120mmHg以上に維持した後に、経静脈的にシスプラチン(CDDP:10mg/body)を2時間かけて投与した。CDDP投与終了後30分間さらにアンギオテンシンにて体血圧を高値に維持した後に、実験開始後3時間の時点で、犠牲死せしめ、全身主要臓器、両側肺組織、気管分岐部直下の肉芽組織、高位縦隔リンパ節を摘出し、それぞれの組織中のCDDP濃度を測定した。 B群(n=5):全身麻酔下に、アンギオテンシンの代わりに生理食塩水を投与し、体血圧を正常値に維持して、A群同様のCDDP全身投与を施行したのち、同様に犠牲死せしめ、それぞれの組織中のCDDP濃度を測定した。 結果として、気管分岐部直下の組織濃度はA群0.57±0.13μg/g、B群0.43±0.11μg/gと有意な差はなかったものの、右側縦隔リンパ節での組織濃度はA群0.31±0.10μg/g、B群0.57±0.03μg/gとB群で有意に低値をとった。また、他の主要臓器でも、肝臓A群0.96±0.12μg/g、B群1.06±022μg/g、肝臓A群0.92±0.11μg/g、B群1.61±0.67μg/gとB群において低値をとる傾向があり、これはアンギオテンシンにより腎血流量が相対的に増大した結果尿中CDDP排泄量が増加し血中濃度が変化したためと思われた。しかし、正常組織対気管分岐部直下の組織CDDP濃度比では、有意にA群の方が良好であった。
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