声門閉鎖不全の代償作用の一つとして、両側仮声帯を接触させ振動させる仮声帯発声が指摘されているが、発声時の仮声帯の運動については、具体的な運動様式はよくわかっていない。そこで一側声帯麻痺の発声時の仮声帯の運動を観察し、発声機能などとの関連を知ることを目的に以下の検討を行った。対象は喉頭ファイバー下ストロボスコープを行った一側声帯麻痺患者385例で、そのうち211例では音声改善のために経皮的固化型シリコン声帯内注射を行っている。持続発声中の安定した場面について両側仮声帯の接近度を判定した。その結果、患側仮声帯の顕著な内転は9例2%に見られただけで、仮声帯発声は一側声帯麻痺ではその頻度はきわめて少ないことがわかった。また、高齢で、患側声帯が正中位でなく、誤嚥がある症例に健側仮声帯の内転は生じやすいことがわかった。一方、最大発声持続時間、平均呼気流量、基本周波数変動率、最大振幅変動率、規格化雑音エネルギーはすべて、内転のない群は内転の顕著な群より良好であった。このことから、仮声帯の内転は音声機能を改善するものではないことがわかった。シリコン注入前に内転の認められた125例のうち69例で内転が消失した。注入後に内転の残存した群と内転の消失した群とでは、注入前の、平均年齢、病悩期間、患側声帯の正中位固定の割合、誤嚥の割合、及び種々の音声機能では有意差を認めなかった。しかし、注入後の音声機能はすべて、内転の消失した群の方が良好であった。仮声帯の内転は音声機能の障碍を代償しようとする努力であると考えられた。以上より、仮声帯の内転は音声機能を代償しようとする作用であるが、実際には代償しきれておらず、音声機能は改善していないことがわかった。今後は、CT画像の解析や摘出喉頭によるシミュレーションを行っていきたい。
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