本研究の目的は、生理活性があるにも関わらず消化管からの吸収が乏しいゆえに充分な治療効果を得ることが出来ないタンパク様医薬品の吸収性を改善することであり、そして最終的にはそれらの経口投与製剤の開発である。これらタンパク様医薬品の効果が経口投与に於いて必ずしも充分でない理由は、それらの消化管管腔内や上皮細胞での代謝(分解)反応に対する抵抗性の低さと、上皮細胞層(Transcellular routeとParacellular route)に於ける透過性の低さに依存している。このような背景をふまえて本研究では、Paracellular routeの透過性を制限するTight Junction(TJ)に焦点を当て、吸収促進剤を用いてのTJ開口による吸収改善とその機構を細胞内情報伝達、つまりセカンドメッセンジャーのCa^<2+>を介した細胞骨格系の収縮活性化の点から検討し、従来のCa^<2+>キレート機構以外の新規機構を実証した。対象となる腸管膜のモデルにはヒト大腸ガン由来のCaco-2単層膜を選び、Fluorescein isothiocyanate dextran 4000(FD-4K)をTJ経由のモデル物質とした。 その結果、中鎖飽和脂肪酸塩Sodium caprate(C10)がFD-4Kの膜透過性を改善でき、それがTJの開口に基づいた現象であることを電気生理学的手法から明らかにした。そしてその実体は次のように説明できた。まずC10はPhospholipase C(PLC)を活性化することでPhosphoinositol-bisphosphate(PIP_2)のInositol-trisphosphate(IP_3)への変換が起こる。生成したIP_3は細胞内Ca^<2+>プールからCa^<2+>のreleaseを誘導するため細胞内のCa^<2+>レベルは上昇する。続いてそのCa^<2+>のCalmodulinとのComplex形成によってMyosin light chain kinase(MLCK)がMyosinのリン酸化を介して細胞骨格系Actomyosin ringの収縮活性化を促進する。その結果としてTJの開口が起こり物質の膜透過性が改善できた。以上、特異的阻害剤を巧みに組み合わせることで、この一連の反応をTJ開口の新規機構として初めて実証出来た。また、C10との比較に用いたDecanoylcarnitine(DC)はC10と同様に細胞内Ca^<2+>レベルを上昇させるもののそのレベルはC10と比べるとはるかに低いこと、DC効果に対する各種特異的阻害剤の効果もC10の場合とは全く異なったこと、C10は粘膜側、奨幕側いずれの投与に於いても同程度の促進効果を示したのに対して、DC効果は粘膜側のみから見られたことなど、DCの促進機構はC10とは異なるものと考察できた。なおこのような細胞内情報伝達の観点から促進機構を検討してきたことで、キレート機構が定説であったEDTAの作用が実はProtein kinase C(PKC)の活性化によるものであったことも同時に見出すことが出来た。以上TJの開口には複数の機構が存在することを証明できた。
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