申請者は中枢神経細胞におけるスフィンゴ脂質代謝の機能的役割を明らかにすることを目的に一連の研究を行ってきた。これまでに初代培養系と2種類のセラミド合成阻害剤を用いて脳の運動学習の中心的役割を担う小脳プルキンエ細胞の成長にスフィンゴ脂質合成が必須であり、この細胞の情報伝達系においてスフィンゴ脂質が重要な役割を担っている可能性を明らかにしてきた。本年度はプルキンエ細胞におけるスフィンゴ脂質の機能に関する基本的で重要な知見を得ることができた。まずスフィンゴ脂質合成の阻害によって起こったプルキンエ細胞の共存減少と形態形成異常はスフィンゴ脂質の疎水性部分であるセラミドを培養系に加えることにより完全に回復した。さらに無処理の培養小脳神経細胞をセラミドで処理すると、阻害剤処理した場合とは全く逆にプルキンエ細胞の生存数が増加した。血球系細胞ではセラミドがTNF-α刺激による細胞死、アポトーシスを介在する死のシグナル分子として機能することが知られている。しかしこれら申請者が本研究で得た知見はプルキンエ細胞においてはセラミドは“死のメッセンジャー"ではなく生存と樹状突起形成に必須の“生のリピッドメッセンジャー"分子であることを示している。さらにセラミドが関与する情報伝達系を調べたところ、神経栄養因子とセラミドが共存することによりそれぞれ単独で加える場合よりもその生存が促進されることを見い出した。以上の結果はセラミドが神経栄養因子によるシグナル伝達系の下流に位置し、情報分子として機能している可能性を強く示唆している。現在その詳細な分子機構を生化学、分子細胞生物学的手法を用いて解析している。
|