研究概要 |
コリン作動性ニューロンは運動機能、自立神経機能、記憶や学習などの高次脳機能に深く関与し、アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患で変性、脱落が知られている。コリン作動性ニューロンの伝達物質であるアセチルコリンはコリンアセチル転移酵素(ChAT)による一段階反応で生合成される。我々は、ラットおよびマウスのChATmRNAの多様性を明らかにしている。 一方でヒトのChATmRNAは、現在まで1種類のみが知られている。このmRNAは、齧歯類やブタのChATmRNAで翻訳開始コドン(ATG)に相当する箇所がスレオニン(ACG)に変異し、N末側に108アミノ酸残基が付加する特異な構造であった。また、このmRNAは約80kDaのタンパク質をコードしており、ヒトの脳組織から精製されるChATタンパク質の分子量(66-70kDa)と一致しない。さらに、ヒトの脊椎運動ニューロンの単一細胞あたりのChAT活性は齧歯類などの哺乳動物に比べて一桁低く、カエルや魚などの冷血動物と同程度の活性しかもたないことが知られており、ヒトの神経系の機能や病態との関連が注目されている。我々はこれらの現象の分子的基盤を明らかにする目的で実験を行い、以下の結果を得た。 剖検ヒト脳組織から従来知られているタイプ(Mタイプ)のほかに、新たに3種類のChATcDNAclone(R,N1,N2タイプ)を単離した。in-vitro及びin-vivoの発現実験の結果、齧歯類に比べてヒト脳のChAT活性が低い原因は、(1)ヒトChAT遺伝子上のATGからACGへの変異により、本来とは異なるATGコドンを翻訳開始部位として使っていること、(2)最も多量に発現しているMタイプのChATmRNAの翻訳効率が最も低いことの2つに由来することが判明した。
|