本研究の目的は、前頭連合野における作業記憶マップ、とくに空間情報の作業記憶の機能マップの存在と特徴を明らかにすることにあった。この目的のため、サルに眼球運動による遅延反応課題(ODR)訓練した。この課題では、サルは数秒前に提示された空間的な標的に向かって、記憶誘導サッケードを行なう。つまり、試行ごとに異なる標的位置を短期間覚え、その記憶にもとづいて行動を決める必要があり、空間情報の作業記憶が必須である。記憶すべき標的は、視野を広くつつめるように、通常、8つの方向に2ケ所づつ(10ないし20°の離心率)、計16ケ所にランダムに提示した。また、対照課題として、遅延期間ならびに反応期に手がかり刺戟が消えない課題(OVR)も訓練した。このOVRでは、被験体は視覚標的に向かって視覚誘導性のサッケードを行なえばよく、作業記憶は必要ない。 サルがこれらの課題を行なっている際に、ムシモールなどの可逆的機能阻害剤を前頭連合野の局所に微量(3μl以下)注入し、ODRとOVRに及ぼす効果を解析した。その結果、局所注入によって、OVRは全く障害されないにもかかわらず、ODRの成績が特異的に悪化することを見つけた。しかも、障害される標的位置は限局しており、注入部位とは反対側の1〜3ケ所の空間位置に限られて障害が見られた。さらに、障害される標的位置は注入部位によって異なっており、前頭連合野のより尾側への注入でより上の視野への記憶誘導サッケードが、より外側への注入で、離心率がより大きな記憶誘導サッケードが障害された。これらのデータは、前頭連合野に、視覚マップでも運動マップでもない、「作業記憶のマップ」が存在することを示唆する。前頭連合野のある限られた部位は、視野のある限られた位置情報の作業記憶過程を再現すると考えられる。
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