研究概要 |
明治10年から昭和60年までの間に新聞(主に東京朝日新聞)や雑誌に取り上げられた学歴詐称事件を時代順に整理し、全体的な傾向を抽出すると同時に、特徴的な事件については個別にさらに資料を収集して詳細に事件を検討していった。その結果、次のような傾向をみることができた。まず,明治20年代から登場する初期の学歴詐称詐欺事件の象徴は、学歴(帝大)が一般の人々にとっては身近なものではなく、国家や位階秩序の象徴であったことがうかがえることである。さらに学歴詐称やそれを使った詐欺事件が頻繁に新聞等に報道されるようになるのは、大正から昭和の初めにかけてである。この時期にはニセ医学博士とか帝大卒を騙る詐欺事件、学位売買事件などが頻繁におこり、その内容から、学歴が一般の人々にとっても立身出世のルートとして認知され欲望の対象になってきたことがうかがえる。この時期に、努力主義、勤勉主義を伴った日本的な学歴イメージが定着したことがわかる。その後も組織的な学位売買などの詐欺事件が多くでてくるが、いずれも学歴と立身出世イメージが結合した内容であった。これが、昭和40年代あたりから変化していく。1985年の大学生を騙る詐欺事件には、学歴はもはや位階や立身出世イメージを思い描かせるものではなく、むしろ生活感覚やライフスタイルを表示するものに変化していることが映し出されていた。このように、詐欺事件の変化を追っていくことによって、学歴を媒介として人々が思い描く世界がみごとに映し出されているのをとらえることができた。一方、学歴詐称事件の発生は、その都度、教育制度の正当性を動揺させる機会を提供するものでもあった。明治20年代には位階秩序の象徴であった帝大の権威を相対化する機会になり、昭和初期に多く発生した学位売買などの事件は、メリットクラシーや努力主義の根拠をぐらつかせる契機になった。このように、学歴詐称事件は、ほんものの教育とにせものの教育との境界の曖昧さを衝き、公教育制度の正当性の根拠を再検討するてがかりを与えるものでもある。
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