従来、日本古代史においては、古文書の研究は未発達であった。日本古代文書の宝庫である正倉院文書に関しても、戦後盛んに行われたのは、戸籍・計帳をはじめとする古文書の研究であった。近年、古代の古文書学が提唱されつつあるが、その対象は、主として公式令に規定されている官庁間で取り交わされる文書である。しかし、正倉院文書の中には、実は書状形式の文書がたくさん残されている。そこで、本研究では、正倉院文書を中心に古代の書状を収集し、日本における書状の系譜を探求することを目的とした。分析方法としては、書式・内容によって分類するとともに、封の用い方など書状の形態にも着目し、書状の形態と書式・内容との相関関係を考察した。 まず、正倉院文書の中から、書状の収集し、書き出し・書き止め文言、日下、上所・宛所・脇付について検討した。これらの多くは中国の書状の形式を模倣しているが、脇付の一部や宛所に対する尊称には、日本独自の用例も存する。次に、正倉院文書の書状の書式を調べた。本来の書状の書式である啓・状が多いが、中には公式令に規定されている公文書の書式である解や牒もある。ただし、解や牒の場合も、公式令の規定のままではなく、上所・宛所・脇付など書状の要素を含んだものとなっている。 正倉院文書の書状を内容によって分類すると、その多くが造東大寺司写経所に関係する公務であることがわかる。もちろん8世紀においては、万葉集などに純粋に私的な書状も存在する。しかし、正倉院文書の書状は、それらとは異なり公用の書状であり、公式令に規定されている公文書を保管する機能を果たしているのである。正倉院文書の中の封の使用法を調べても、本来書状に使用される封が解や牒などにまで用いられており、公式令に規定されている文書以外の公文書が、広く存在していたことを窺わせる。
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