(1)ケ-ト・ショパンの「めざめ」(1899)をテクストにして自然主義とフェミニズムの関係を、文学テクストとそれと同時代の歴史資料を新歴史主義的に解釈しながら研究した。その際、自然主義文学がフェミニズムの影響をうけながら、その「動物的なもの」のイメージをどのように変容させていったかを中心に検討した。その成果が拙論「自然主義・フェミニズム・ショパン『めざめ』」である。 ゾラ、ノリスのなかでは「動物的なもの」は人間のなかの犯罪性とむすびついている否定的なものにすぎなかったが、ショパンの文学のなかでは、女性の内部の「動物的なもの」はより積極的な価値をもつものとしてあつかわれている。すなわちそれは、19世紀末を支配していたいわゆる「非性欲の神話」--正常な女性のなかには官能性が存在しない--という抑圧的な女性観を否定する解放的な力として表象されているのである。 (2)人間の内部にある「動物的なもの」というダ-ウィニズム的枠組み自体はフランスの自然主義と共有しながら、しかしアメリカの自然主義は19世紀から20世紀にかけてその「動物的なもの」の価値づけを徐々に転換していったようにみえる。 しかしその価値づけの転換を促したのは、かならずしもフェミニズムであったわけではない。たとえば『荒野の呼び声』(1903)のジャック・ロンドンにおいても、「動物的なもの」の価値づけは180度転換しているからである。そこにはやはり無垢なる自然という、アメリカの伝統的な価値観が作用しているように思われる。フランスの自然主義がアメリカの伝統的な自然観のもとでいかなる変容を示したか--それを今後の課題としたい。
|