研究概要 |
近年、有機金属錯体は、化学の分野だけでなく、機能性材料、生命現象など種々の立場から興味が持たれている。これらの錯体の物性をよく理解するためには、その中での電子の挙動に関する知識が非常に重要である。本研究では、配位子としてトロポロン、カテコール、N,N′-ジサリシリデン-o-フェナンスレンジアミン、2,2′-ジピリジンなどを選び、これらの配位子とCu(II)、Ni(II)、Pd(II)などの間に形成される錯体の電子遷移の性質および電子構造を、電子吸収スペクトル、単結晶法によるX線構造解析、分子軌道法の計算などの立場から、解明した。その結果、たとえば、(2、2′-ジピリジン)(カテコラト)銅(II)(以下、Cu(cat)(bpy)と略記)は650nm付近にd-d帯を、425nmにcat-Cu(II)間の分子内L-MCTを示す。また、この化合物は(bpy)骨格に局在化した電子遷移を312および261nmに、(cat)に局在化した遷移を296および246.5nmに示す。さらに、322nm帯は、(cat)骨格のπ電子系から(bpy)のπ電子系への分子内CT遷移(LL′CT遷移)によるものであることがわかった。このことは、互いに独立的に存在する(cat)および(bpy)骨格の二つのπ電子系が、直接的に相互作用していることを示している。一方、(bpy)骨格をフェナンスレン(phen)にかえた、(カテコラト)(1,10-フェナンスロリン)銅(II)(Cu(cat)(phen))の場合には、(phen)骨格に局在化した電子遷移を、331、308、275.0、267、233、および227nmに、(cat)骨格に局在化した遷移を295および210.0nmに示す。しかし、(cat)骨格から(phen)骨格へのLL′CT型の遷移は観測されなかった。この理由は、現段階では明瞭ではないが、HOMOとLUMOの対称性が関係しているのかもしれない。Cu(cat)(phen)の場合、興味あることは、両端の(cat)と(phen)骨格のπ電子系が、配置間の相互作用を通して、かなり相互作用していることである。すなわち、この相互作用に基づく電子帯が、209nmに観測されている。
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