研究概要 |
真核生物の鞭毛・繊毛の多くは,「9+2」構造,即ち一対の中心微小管を9本の周辺微小管が取り巻いた構造をしている.鞭毛運動は,腕が,隣接する周辺微小管を滑らせる滑り運動を原動力として引き起こされる.繊毛・鞭毛それぞれにおいて,カルシウムにより屈曲波形が変化することが知られている.カルシウムは,滑り運動そのものあるいはその制御に影響する可能性が予想されるがその機構は全くわかっていない.本研究は,種々のカルシウム濃度の条件下における鞭毛運動の波形解析および鞭毛構成要素の構造の解析を手掛かりに,運動中の滑りに対するカルシウムの作用機構の解明に寄与しようとするものである.具体的には,ウニ精子の膜除去後再活性化した鞭毛を用いて,ATP濃度とカルシウム濃度を変動させた条件下で,強制振動により鞭毛打頻度を調節することにより,運動中の波形を記録解析し,滑り速度を求めることにより,カルシウムの作用機構に関する知見を得ることを目指した.平成7年度には,ATP50-500μM,pCa 5-6,あるいはCa freeの条件で,波形を解析し,運動中の鞭毛における滑り速度を求めた.その結果,通常の運動中の波形からは,カルシウムによる滑り速度の大きな変化は見られないが,強制的に振動を加え,鞭毛の振動数を変化させることにより,滑り速度がカルシウム濃度の高いときに変化することを見いだした.Ca freeでは,振動の周波数が鞭毛本来の周波数より高い領域で,滑り速度が一定値に保たれたが,pCa 5-6では,滑り速度が周波数の増大と共に減少することがわかった.この結果は,鞭毛の振動調節機構において,滑り速度がカルシウムの制御を受けている可能性を示唆するものである.また,これまでの研究から,in vitroの微小管滑り速度にはカルシウムが影響を及ぼさないとされているが,今回の結果と合わせて考察すると,振動の制御系と独立した滑り運動はカルシウムの影響を受けない可能性が考えられる.
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