低温環境で特定の生物だけがよく生長できる機構はまだ解明されていない。とくに、低温微生物の核酸関連物質に関する研究はほとんど見られない。この理由の一つとして、迅速で正確な分析方法が確立していないことにある。そこでまず、エネルギー代謝に重要な役割りを演じるアデノシンリン酸(ATP・ADP・AMP)の分析法と細菌培養液中のアデノシンリン酸量の測定法を検討した。次に、海洋性および陸性の種々の低温細菌を分離し、そのうちPseudomonasの生育と生育に伴うアデノシンリン酸の消長をしらべた。その結果、海洋性の低温性Pseudomonasでは25゚C以下に、陸性のものでは30゚C以下に至適生育温度をもち、また陸性のものでは至適生育温度を25゚C以下(I型菌)と以上にもつ菌群(II型菌)で生育傾向を異にした。この両菌群ではグルコースの利用能、グルコースからの生酸作用、ピルビン酸などの単一炭素源の利用能を異にし、この両菌群がエネルギー代謝をも異にすることを示唆した。また、この両菌群は培養液中のアデノシンリン酸の構成を異にし、I型菌の培養液ではAMP、ADP、ATPがこの順に多く認められたのに対し、II型菌ではATPとADPをほとんど認めずそのほぼすべてがAMPで、つまりII型菌では対数増殖期でエネルギー充足度(ATP+1/2ADP/ATP+ADP+AMP)が限りなく0に近い値を示した。生育に伴うアデノシンリン酸の消長も両菌群間で異なり、I型菌ではいずれのアデノシンリン酸とも培養時間の延長に伴いその量は増加傾向を示したが、II型菌ではとくにAMPは対数期でその量を増加し、定常期ではほぼ0にまでその値を低下した。これらの傾向は異なる培地成分、異なる生育温度・酸素分圧・pHでの培養でも同様な結果を示した。これらの結果はI型菌とII型菌が進化的に異なる菌群であることを示唆するとともに、低温細菌の低温下での生育とエネルギー代謝に関連があることを推察させた。
|