研究概要 |
唾液腺はその正常の機能と構造を維持するため,密接に連絡しあった上皮系と間葉系の高度に分化した細胞構築を示す。唾液腺腫瘍は2つのステージに分類され,初期においては多形性腺腫に代表される多分化能を持った比較的増殖の遅い腫瘍であり,後期においては腺様嚢胞癌に代表される未分化で増殖能や転移能の高い悪性度の非常に高い腫瘍である。我々は正常唾液腺組織においてはFGF-7/KGFはstroma組織に,FGF-1は導管上皮細胞に発現されるが,悪性化に伴いFGF-2の異常発現が起こることを明らかにした(J.Pathol.1996)。さらに,正常唾液腺由来上皮細胞(SMGE)の増殖およびコラーゲン内での管腔形成は,FGF-1およびFGF-7/KGFにより促進されることを(In Vitro Cell.Dev.Biol.,1995),また多形性腺腫由来腫瘍細胞(PA)はFGF-1およびFGF-7により増殖促進されることを明らかにした(J.Pathol.1996)。一方,ヒト唾液腺癌由来の株化腺癌細胞HSG,HSYはFGF非依存的に自己増殖が可能であり,その増殖はFGF-1,FGF-2により促進されるがFGF-7では促進されないことから,唾液腺腫瘍の悪性化に伴いFGF受容体の発現に変化が生じている可能性を報告した(Int.J.Cancer,1996)。また,これら腺癌細胞は18kDaのFGF-1蛋白と18,24,27kDaのFGF-2蛋白を発現していること,さらにFGF-1,FGF-2遺伝子のアンチセンスオリゴヌクレオチドやFGF-1,FGF-2の中和抗体は腺癌細胞の無血清培養系における増殖を濃度依存的に抑制したことから,FGF-1,FGF-2が唾液腺由来腺癌細胞の自己増殖因子として細胞の腫瘍化に関与している可能性を示した(In Vitro Cell Dev.Biol.,1994 : Int J.Cancer,1996)。RT-PCR法にてFGFR遺伝子の発現を解析した結果,SMGEはKGF/FGF-7受容体であるFGFR2-(IIIb)のみを発現していたが,唾液腺由来腺癌細胞はFGFR2-(IIIb)を発現しておらず,FGF-2をリガンドとするFGFR1-(IIIc)およびFGFR4を発現していた(In Vitro Cell.Dev.Biol.,1996)。また,キナーゼ領域を欠失したドミナントネガティブFGFR1(ΔFGFR1)遺伝子をHSY細胞に導入した結果,ΔFGFR1-HSYの増殖性および造腫瘍性は低下した。以上の結果から、正常唾液腺においては上皮系細胞と間葉系細胞はたがいに依存しあってその増殖,分化と機能を維持しているが,腺癌細胞は間葉系組織とはまったく独立して自己増殖することが可能となりその悪性化が強く裏付けられた。さらに,FGFR1およびFGFR4遺伝子を指標とした唾液腺癌の遺伝子診断や同遺伝子を標的とした遺伝子治療が可能であることが強く示唆された。
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