本研究では、広い意味での「亡命者」、言葉を換えて言うならば、非定住民、に焦点を合わせて、19世紀英文学の見直しを試みた。従来、「都市小説」であるとか「ユダヤ系作家の文学」であるとかいう形で纏められていた枠組みとは別に、「遊動する非定住民」に着目することで、初めて見えてくるものがあると思われるからである。 具体的には、まず、非定住民(定住民から差別され、排除される、ユダヤ人、「ジプシー」ら)が、19世紀の英文学作品(マシュー・ア-ノルド、ジョージ・エリオット、ジョージ・ボロウらの詩・小説・評論等)にどのようにあらわれているかを、テクストに即して綿密に調べていった。初期の詩で「ジプシー」、漂泊への憧れを歌ったア-ノルドが、後年、『教養と無秩序』や『ケルト文学論』においては、労働者やアイルランド(人)といった「異人」の排除へと姿勢を転換したこと。エリオットが、例えば、『ダニエル・テロンダ』におけるユダヤ人や長詩『スペインのジプシー』における「ジプシー」のように、一貫して非定住民を共感をもって描いたこと。また、以後の「ジプシー」像にボロウの一連の著作が大きな影響を与えたことなど。非定住民の視座が19世紀英文学研究に大いに役立つことが実証された。また、非定住民への彼らの関わり方の度合やその時間的変化は、英国の社会や植民地主義に対する彼らの態度の違いを、はっきりと示すものであった。 なお、多くの作品を読み進める過程で、19世紀英文学における「ジプシー」、というテーマの重要性を益々強く感じ、現在、さらに研究を続けている(ブロンテ姉妹、ディズレイリなど)。
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