当初の研究計画では白金単結晶を電極として用いる予定であったが、実験を進めるうちに水の赤外スペクトルに対する水素吸脱着の妨害が大きいことがわかってきた。そこで、電極材料を金に変更し、電極/溶液界面に存在する水の挙動を、特に電解質アニオンの及ぼす影響という観点からSNIFTIRS法により検討した。その結果、個々のアニオンの持つ“構造破壊性"の強さに応じて電極界面の水は分子間水素結合が著しく弱められ、その構造がバルクのそれよりも大きく乱されていることがわかってきた。このようなイオンのまわりの水の存在状態の赤外分光によるアプローチのしかたについては、溶液化学の立場からは盛んに行われてきているが、電解質イオンが重要な役割を果している電気化学の分野においてこれに着目した例はこれまで殆どないものと思われる(論文投稿中)。また、電極表面に吸着させた有機分子層が形成する疎水場が、界面近傍の水の構造にもたらす影響についても、金/ピリジン誘導体の系について検討を行い、吸着層の存在により水の水素結合が溶液内部よりも強められていること(疎水性水和)を分光学的に捉えることができた(論文準備中)。このような研究は、固気界面における報告例はあるが、固液、特に電極系においては恐らく初めての例であると思われる。このことは、電気化学のみならず、生体膜のような生物化学的に重要な役割を果たしている疎水的環境における水の性質をin vitroに構築したモデル系で検討するために赤外分光法が有用であることを示すものである。
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