プリオンはヒトなどに海綿状脳症を起こす病原体である。その本体については、通常の病原体と違って特異的核酸を持たず、主に蛋白のみから成るというプリオン説が有力視されている。すなわち、宿主ゲノムにコードされているプリオン蛋白(PrP^C)の高次構造が変化したもの(PrP^<Sc>)がPrP^CをPrP^<Sc>に変換する能力を持つという機構によって、その感染性が説明されている。高次構造が異なるために、PrP^<Sc>は感染宿主脳よりアミロイドの形で単離されるが、正常なPrP^Cはアミロイドを形成しない。興味深いことに、PrP^Cのアミノ酸配列を基に人工合成したあるぺプチドはそれ自身でアミロイド構造を形成することが知られている。そこで、本研究に於いては、このアミロイド原性を有するペプチドに何らかの生物学的活性がないかどうか、就中、その抗原性の有無について検討した。方法。マウスプリオン蛋白のアミノ酸配列を基に人工合成したペプチドをマウスに腹腔内投与してのち血清を採取した。また、プリオン感染マウスの血清を採取した。血清サンプルは、合成ペプチドを抗原としたELISA法によって抗体価の測定を行った。結果。1)合成ペプチドに毒性は認められなかった(6カ月)。2)合成ペプチドに抗原性は認められなかった。3)プリオン感染マウスの血清について、先の合成ペプチドに対する抗体濃度の上昇は認められなかった。考察。アミロイドーシスにおいては一般的に免疫応答がない。アミロイド蛋白は宿主ゲノム上にコードされており、一次構造的には自己抗原である。しかし、高次構造の点では、宿主体内に存在しない非自己であり、この構造に関して抗原性が認められてもよい筈である。ところが、今回、アミロイド原性の合成ペプチドについて検討したところ、やはり、抗原性は認められなかった。アミロイドは生体の免疫応答のどこかの段階で異物認識網から免れているように思われる。
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