近年、持続性疼痛の原因として、急性疼痛による中枢神経系ニューロンの感受性亢進(central sensitization)の重要性が強調されている。今回、研究計画調書に記したように、central sensitizationに対する内因性GABAとグリシンの脊髄レベルでの修飾作用をラットを用いて調べた。 ラットの足底部にホルマリンを皮下注することによって誘導される疼痛は、注射直後の急性痛とその後に続く持続痛という二相性の時間経過をたどり、急性痛は侵害刺激による直接刺激、持続痛はcentral sensitizationによることが知られている。GABAA受容体拮抗薬ビククリンをくも膜下腔に与えると、急性痛は何ら影響を受けないが持続痛は用量依存的に増加することが今回の研究で示された。これはAδやC線維は伝わってくる侵害刺激入力は、通常はGABAAの抑制下にはないが、いったんcentral sensitizationが起こると、内因性GABAによる抑制が誘導されることを示唆する。これは、炎症が中枢神経内の内因性GABAの量を増やすという他よりの報告と一致する。 一方、GABAと並ぶ主要な中枢神経内抑制性伝達物質であるグリシンの受容体拮抗薬ストリキニ-ネは、急性痛が加わる前にくも膜下腔に与えておくと急性痛、持続痛を両方増強するが、持続痛が始まってから投与しても無効である。これは(1)GABAと異なりグリシンはsensitizationの起こっていない通常の状態で侵害刺激を抑制しているが、(2)central sensitizationが誘導されると、グリシン抑制系は機能しなくなることを示唆する。 以上のように、本研究ではGABAとグリシンという二つの抑制性神経伝達物質が、侵害刺激入力の脊髄レベルでの処理に対し、対照的な作用をもっていることを世界で初めて示した。central sensitizationはNMDA型グルタミン酸受容体を介して誘導、維持されることが知られているので、次はNMDA受容体とGABAA、グリシン受容体との相互関係についてより詳細に調べる予定である。
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