「運動系個体発生における構造研究」という研究課題で研究を進めてきた。この運動系個体発生の問題は、人間は「動き」をどのように覚えるかと言う構造を明らかにするものである。科学的運動研究結果は、運動の仕組みを自然科学的に分析し明らかにしてきた。しかし、そのことと「動き」を覚えることとは別の次元ということが本研究で明らかになった。というのは、モノの仕組みを知ることで我々は運動を覚えているのではないという実例からである。幼児が運動を覚えるときに、その運動が合目的で、科学的法則性に合った運動であっても、その運動を覚えるときに、科学的知識はもっていない。「模倣」などは、さらにそのことを証明するであろう。つまり、科学的研究結果は、「人間一般」を作り出すことへ向かっており、そこで導き出された答えは、ロボット工学などで利用されよう。運動習得の問題は、「人間個人」の問題へ向かっているのであり、当然そこでの理論背景は、実存問題を扱う人間学となろう。人間学的研究立場から考察する運動の習得の仕方は、自己運動としての運動投企が前提となる。この投企によって、我々は運動を覚えるのである。この投企は当然、感覚運動性イマージュであり、投企は運動の「こつ」に向けられている。その「こつ」によって、運動技術は利用可能となるのである。運動は、感覚運動性イマージュ(運動投企)が、運動の「こつ」に向けられることによって、発生するのである。さらに、運動の一回性の原理の中で、「同じ運動」という我々の認識は、原形象の認識と同様である。繰り返し「同じ運動」ができたと学習者は認識し、指導者も同じ運動を繰り返していると認識するのは、学習者はおなじ「こつ」の反復したという認識であり、指導者は動きの原形象をそこに認識するのである。動きの原形象の根底にあるものは、スポーツ運動の場合、共通感覚的図式技術なのである。
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