研究概要 |
粥状動脈硬化症や経皮的冠動脈形成術(PTCA)後再狭窄の発症・進展には、血管平滑筋細胞が本来筋繊維に富む収縮型から増殖能をもつ合成型へ形質変換することが関与している。しかし現在のところ、どのようなメカニズムで平滑筋細胞の表現型が変換するのか明らかにされていない。本研究では、周囲の環境変化が血管平滑筋細胞に及ぼす影響を調べるため、平滑筋細胞培養系を利用し、外界の変化に伴って発現状態が変化する遺伝子の探索を目的とした。まず、正常ヒト大動脈由来平滑筋細胞を種々の細胞外マトリクス(コラーゲンTypeI、コラーゲンTypeIV、ラミニン、フィブロネクチン)で表面処理したプラスチックディッシュ上に培養した。なお本実験の条件下ではラミニン処理ディッシュには平滑筋細胞はほとんど付着せず、増殖しなかった。次に、細胞がコンフルエントに達した時点で細胞からRNAを抽出し、近年開発されたmRNA Differential Display法を行った。本研究においては、特に迅速性を目的として様々な改良を加えた方法で行った。それぞれの細胞から得たRNAに対するcDNA群を9種類のプライマーを用いて作成し、さらにこれを鋳型として24種類のプライマーを用いたPCR(計648反応)を行った。これらPCR産物をポリアクリルアミドゲル電気泳動で解析し、細胞外マトリクスの違いによって発現量の変化するmRNAを探索した。本方法で3,000-5,000ものバンドを比較することができたが、発現量に差が確認できるmRNAは検出されなかった。この結果は、培養開始時の細胞外マトリクスの違いはコンフルエントに達した平滑筋細胞に機能上の違いをもたらしていないことを示唆している。ただし、ラミニン処理ディッシュに細胞が付着しなかったことを考慮すると、培養の初期段階にはmRNAの発現レベルでの違いがある可能性も残っており、今後の課題として検討するべきである。なお、本研究の遂行過程において利用したDNAの高感度染色剤についての使用法・応用法を記述した総説を執筆し、日本血栓止血学会誌に掲載された。
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