本研究では、ラット実験肝化学発癌系を使い、肝癌発生過程で新たに出現してくる遺伝子をスクリーニング、その中から実際に癌化の引き金や癌細胞の成長に関連する遺伝子を単離し、さらにヒトの遺伝子ホモログを同定することにより、ヒト肝臓癌における発癌過程やその成長過程における遺伝子発現調節機構を明らかにする事を目的としている。また、種々の癌マーカー遺伝子も同定できると考えられ、肝癌診断の新しい検出プローブの開発も可能である。 実際にサブトラクション法、ならびにPCR法を併用することで、肝臓癌特異的に発現の上昇している遺伝子を116個同定した。これらの遺伝子の塩基配列を一部決定したところ、31種類の独立した遺伝子を確認し、正常肝臓と比較して肝臓癌で発現量が著しく増加している2種類のクローンを選択、全塩基配列を決定した。ホモロジー検索の結果、一つのクローンはCysteine Sulfinic Acid Decarboxylase(CASD)であることが判明した。本酵素はタウリンの前駆体となるヒポタウリンを合成する。興味深いことにこの酵素はγ-アミノ酪酸(GABA)の合成酵素であるグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)の配列と全長にわたって80%以上の高い相同性を示した。GADはインシュリン依存性糖尿病や神経系の疾患であるステイフマン症候群における自己抗原として報告されている。われわれも同様にラット化学発癌系で癌の発生にともない血液中に自己抗体(抗CSAD抗体)が出現することを確認しており、臨床的見地からみてきわめて興味深いタンパク質である(平成7年度 生化学会、癌学会、分子生物学会で発表、J.B.C.に投稿中)、現在、ヒトの肝臓癌と抗CSAD抗体との関係について解析を進めている。 また、もう一つのクローン(CRT1)は、転写因子であるヒトXBP1(X-box Binding Protein 1)/TREB5(Tax Responsive Element Binding Protein 5)とアミノ酸レベルで80%以上の相同性を示した。TREB5は成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-1)由来の転写活性化因子Taxにより活性化されるHTLV-1のLTRに結合する因子として発見されている。TaxはLTR上に結合したTREB5と相互作用すると考えられることから、CRT1は細胞の癌化に積極的に関与することが示唆される(平成7年度 癌学会、分子生物学会)、また、Taxに結合する細胞内因子はウイルスによる細胞の癌化だけでなく、化学発癌の過程においても重要な役割を有すると考えられる。癌化の過程を転写レベルで解析していく上で、たいへん興味深い転写因子である。 今後、さらにこれら二つの因子について細胞の癌化との関わりを詳細に検討していく予定である。
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