ハエトリグモは優れた色覚を持ち、色覚を支える主眼と呼ばれる眼には、視細胞の受光部位が4層に積み重なった特殊な構造の網膜が存在する。この層構造はレンズによって生じる色収差を補正する役割を持つと推測されているが、結論は得られていない。この色収差が関与する色覚メカニズムを理解するため、本研究ではハエトリグモの色覚の分子基盤および色覚メカニズムにおいて4層構造網膜が持つ生理的意義の解明を目指した。 昨年度までに、4種類のハエトリグモの視物質のうち主眼にはRh1およびRh3の2種類が発現していることがわかっていた。今回、視細胞の分子マーカーとの対比染色により、各層の視細胞がRh1かRh3のどちらかを発現していることがわかった。また、既に作製していた視細胞でRh3を発現する遺伝子導入ショウジョウバエについて網膜電図を測定し、Rh3の吸収特性を明らかにした。以上の結果とこれまでの成果によってハエトリグモの色覚の分子基盤の全体像が明らかとなり、網膜の層構造が、色収差や固定焦点といった単眼光学系特有の欠点を補う役割を果たすことで、ハエトリグモの発達した色覚を支えていることが示唆された。更に興味深いことに、4層の内の1層に存在する視物質の吸収極大と発現場所との関係は「ピンぼけ」を作りだし、このピンぼけの度合いからハエトリグモが奥行きを知覚している可能性が示された。これは視物質の分子特性が関わる新しい視覚機能のメカニズムであり、視覚研究に新たな概念をもたらすと期待される極めて重要な研究成果といえる。また、ハエトリグモから同定した視物質様タンパク質ペロプシンの分子特性について詳細な解析を行い、無脊椎動物視物質と同様に光可逆的に安定な光産物を生じる性質を持つことなどを明らかにした。更にペロプシンとして初めて、ハエトリグモペロプシンが生体内で発色団を結合し、光受容体として機能していることを示した。
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