研究概要 |
血液検査などに用いられる抗原抗体反応の素過程についての知見を得るために,分子動力学法を用いた大規模な計算により詳細な解析を行った.抗原抗体反応の物理的なメカニズムはその分子の巨大さや複雑さゆえに未知な部分が多い.近年では分子動力学法を用いた研究も行われるようになったが,基本的には扱われているのは抗原の中でも特に小さいhaptenと呼ばれる分子を対象としたものである.これに対して血液検査で抗体分子を用いて検出すべき腫瘍マーカーと呼ばれる抗原分子は一般にそれらに比べて大きいため,定性的にその反応特性が異なる可能性がある.したがって,既存の研究成果からそれを類推するだけではなく,より臨床応用に近い対象物に対する知見を得ることが望ましい.そこで本研究では,変形しうる大きさの抗原分子の例としてリゾチームを扱い,抗原抗体複合体構造からSteered Molecular Dynamics(SMD)による解離過程の解析を行った.その結果,一般に抗体分子が抗原分子に適合するように変形すると言われるinduced fitの定説とは対照的に,抗体分子よりも抗原分子の方が結合状態における変形の程度が大きいという結果が得られた.そして,40本のSMDによる解離過程の試行の結果だけではなく,平衡状態における分子動力学計算においても,結合状態と非結合状態の構造の違いを比較すると抗原分子の変形の程度の方が大きいという結果が得られた.
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