研究概要 |
ヒトの発癌過程において、種々の癌関連遺伝子に生じた変異の生成・蓄積が重要な役割を果たしていることが広く知られている。しかしながら、癌組織における多様な遺伝子異常の報告は多数認めるものの、その生成機序の大部分は不明のままであった。そこで、申請者らは、DNAやRNAに変異を導入する活性を有するActivation-induced cytidine deaminase(AID)に着目した。AIDは、cytidine deaminase活性を介して、ヒト自身のDNA配列に遺伝子変異を導入することが明らかとなっており、生理的条件下では免疫グロブリン遺伝子のクラススイッチ組換えと可変領域の体細胞突然変異に必須の役割を果たしている。通常、AIDの発現は活性化B細胞に限局されているが、申請者らは、AIDトランスジェニックマウスで上皮系腫瘍が発生する点に着目し、AIDが体細胞遺伝子に変異を導入することにより上皮系組織における発癌に関与している可能性を明らかにすることを目的として研究を開始した。まず、採用第1年度目では、AIDがヒト肝発癌過程において重要な役割を果たしている可能性を論文報告した。これらの結果は、採用第2年度目である、平成20年度に後述の学会にて口頭発表を行った(学会発表1,2)。その後、申請者らは、さまざまなヒト上皮系組織と炎症・腫瘍性疾患におけるAIDの発現解析を行うべく、原発性硬化性胆管炎からの胆管癌発生(学会誌への発表2:Hepatology 2008)においても、遺伝子変異の生成・蓄積に中心的な役割を果たしていることを明らかとした。さらに、最近では、ヒト大腸上皮細胞におけるAID発現の制御機構についても明らかにした(学会誌への発表1:Gastroenterology 2008,)。炎症性腸疾患は大腸癌の危険因子とされており、潰瘍性大腸炎に罹患している患者では、dysplasiaの段階から高頻度にp53に遺伝子変異が生じていることが知られている。申請者は、ヒト潰瘍性大腸炎の病態形成で重要な役割を果たしているTh2サイトカインに着目し、Interleukin(IL)-4やIL-13刺激により転写因子STAT6を介して大腸上皮細胞にAIDが発現誘導されること、ヒト大腸上皮細胞におけるAID発現によりp53に特異的に遺伝子変異が生じることを世界で初めて報告した。
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