研究概要 |
細胞の挙動は、本質的に揺らいでいる。この原因の一つとして、細胞内に存在する各分子のコピー数が少ないために、化学反応の確率性が顕著になることが考えられている。一見、このような揺らぎは細胞機能に不利に働くように思うが、細胞はこの揺らぎを積極的に利用することで細胞機能を実現しているかもしれない。この問題に取り組むため、アメーバ状の走化性細胞の濃度勾配検知に注目した。走化性細胞は自発的かつ確率的な移動を示す。この自発的移動は、細胞内における分子シグナルの自発的な生成によると考えられている。実際、いくつかの免疫系細胞においては、自発的にphosphoinositol-3,4,5-triphosphateが一過的に上昇し(PIP3パルス)、細胞移動を制御している。 本研究では、「PIP3パルスの生成機構」および「自発的パルスによる濃度勾配検知機構」の解明を目指している。そのために、PIP3を制御するシグナル伝達系の簡易模型(2変数)を構築した。非線形動力学的な解析により、正負のフィードバックループがある場合に限り、この系が興奮系に成り得ることを示した。実際に、実験的に低分子量Gタンパク質を介した正負のフィードバックループの存在が示唆されている。ここで、化学反応の確率性を導入すると、系が自発的に興奮しPIP3パルスを生成することを示した。 細胞に濃度勾配が与えられると、興奮のためのポテンシャル障壁が空間的に変化すること(高濃度側で低くなり、低濃度側で高くなる)を発見した。確率過程の理論であるKramers遷移率によると、ポテンシャル障壁が低く、揺動力が大きいほど、PIP3パルスの生成頻度が高い。従って、低濃度側ではPIP3パルスの生成頻度が低下し、高濃度側ではPIP3パルスがより多く生成される。そのことにより、濃度勾配が検知されることを示した。PIP3パルスは反応の確率性があるからこそ生成されるものなので、この仮説は確率的な系だからこそ成り立つ論理と言える。また、複雑なシグナル伝達系のモンテカルロ計算機実験で、以上の理論解析の妥当性を確認した。
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