北海道全域におけるエゾシカ集団の構造の変動および遺伝的多様性の変遷を調べために、父系遺伝するY染色体上のZFY遺伝子の多型を本州産・大陸産を含めたニホンジカ集団において解析した。これまでのニホンジカのミトコンドリアDNA系統解析により、日本列島には南北に分かれる二つの系統が分布していることがわかっている。本研究の結果、ニホンジカ集団から三つのZFYタイプを見出した。そのうちの一つは、アジア大陸産のニホンジカからのみ見つかり、日本列島において見つかった他の二つのタイプの祖先型であると推定された。日本列島のニホンジカについては、北海道エゾシカにおいて二つのZFYタイプが分布していたが、本州産等では一つのタイプのみが分布していた。北海道に特異的でかつ広く分布するZFYタイプの分布頻度が高いことや、従来のミトコンドリアDNAの系統地理的データと考え合わせると、エゾシカ集団は過去のボトルネックにより強い遺伝的浮動の効果を受け、集団構造が大きく変動したことが示唆された。さらに、大陸に生息するシカ属の近縁種アカシカについてもZFYの多様性を同様に調べたところ、ニホンジカとは異なる別の二つのタイプが見出され、その地理的分布パターンは従来のミトコンドリアDNAの地理的分布と一致した。 一方、北海道の縄文時代から出土したエゾシカ骨の古代ミトコンドリアDNA分析により、現生エゾシカでは見られないタイプが複数見出され、過去の複数回のボトルネックによる集団構造の変動が示唆された。
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