研究概要 |
本研究では,異種感覚の統合における大脳辺縁系の役割を明らかにするため,サル海馬体およびラット視床背内側核(MD)からニューロン活動を記録し,外界の各種感覚刺激に対するニューロンの応答様式を解析した。 I.サル海馬体における空間(場所)-対象物の包括的認知機構 i)場所を条件とし,多数の情報の符号化が必要とされる条件連合課題(場所依存性条件連合課題:PCA課題),およびii)場所を条件としない,比較的少数の情報の符号化だけが要求される条件連合課題(場所非依存性単純条件連合課題:ISA課題)遂行中の海馬体ニューロンの応答性を比較・解析した。その結果,サル海馬体の応答ニューロンは,i)PCA課題に選択的に応答し,自発放電頻度が低く,応答潜時が長いニューロン群(67%)と,ii)課題選択性がなく自発放電頻度が高く,応答潜時が短かいニューロン群(33%)に分類された。同一物体で同一の連合課題(Go/Nogo課題)を用いているにも関わらず,PCA課題に選択的に応答する海馬体ニューロンの存在は,場所と対象物体の連合,および情報の符号化における複雑性が海馬体ニューロン応答の重要な支配因子となることを強く示唆する。このことは,海馬体神経回路網ににおけるニューロンの機能的分化(錐体ニューロンvs抑制性介在ニューロン)を示唆する。 II.ラット視床背内側核ニューロンの異種感覚統合機構 ラットMDからニューロン活動を記録し,1)単一の感覚刺激からなる要素条件刺激,および2)要素条件刺激の組み合わせにより,要素条件刺激とは報酬随伴性が逆転する構成条件刺激を用いて,条件刺激-強化刺激連合学習課題に対するMDニューロンの応答性を解析した。本課題では,ラットは,条件刺激を認知し,条件刺激終了時に口直前に突き出されたチューブを舐める(リック)ことにより,報酬性非条件刺激(蔗糖液,脳内自己刺激)は獲得し,嫌悪性非条件刺激(電気ショック)は回避することができる。その結果,MD内側部には報酬と連合した感覚刺激の認知,および感覚刺激と報酬の連合形成に関与するニューロンが,MD外側部には行動学習(リック運動)に関与するニューロンが局在することが明らかになった。これまでの神経生理学ならびに神経解剖学的な所見を考慮すると,扁桃体基底外側核-MD内側部-前頭葉眼窩皮質系は,多感覚刺激の統合による刺激-報酬間の連合に関する認知記憶システムとして,前部帯状回皮質-線条体背内側部-MD外側部系は運動学習システムとして機能している可能性が示唆される。
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