研究概要 |
本研究では、芳香族化合物のラジカルイオンのトンネル効果を低温パルスラジオリシスやγ線照射によって検討を行った。これは、トンネル効果に基づく反応の高効率化・高選択化の実現や、全く新しい概念に基づく有機合成化学の新展開を目指すものである。これまで、芳香族化合物のラジカルイオンの水素脱離や水素転移についての反応例は少なく、速度論的に研究された例はない。我々は1,2-ジクロロエタン中のジ-p-アニシルメタン(An_2CH_2,An=4-CH_3OC_6H_4)や1,2-ジ-p-アニシルエタン(AnCH_2CH_2An)などのジアニシルアルカンの放射線化学反応で生成したラジカルカチオン(An_2CH_2^<●+>およびAnCH_2CH_2An^<●+>)の反応により炭素-水素結合の解離による生成物が得られる例を見出し、この反応におけるトンネル効果の検討を目的として、反応の機構の検討、重水素効果や温度効果の検討を行った。 An_2CH_2^<●+>では室温下でC-H結合開裂が進行し、An_2C^●HおよびAn_2C^+Hが生成した。C-H結合開裂反応の速度定数は、243-293Kの範囲で温度の低下に伴って単調に減少した。同様に、An_<2->CD_2^<●+>の室温でのC-D結合開裂の速度定数を求め、k_<H+>/k_<D+>【product】.0およびk_H/k_D【product】.3が得られた。したがって、室温ではトンネル効果は観測されなかった。また、AnCH_2CH_2An^<●+>では室温下でC-H結合開裂が進行し、AnCH=CHAn^<●+>が生成した。AnCH_2CH_2An^<●+>からの2つのC-H結合開裂か、放射線化学反応で初期的に生成した活性種とAnCH_2CH_2An^<●+>との二分子反応によってAnCH_2CH_2An^<●+>から水素原子2つが引き抜かれてAnCH=CHAn^<●+>が生成する機構が示唆された。今後、低温領域での反応速度の変化や重水素効果について調べる。
|