研究概要 |
HIV-1は感染固体内において,遊離したウイルス粒子の状態と,宿主細胞に感染した後のプロウイルスの状態の二つの形態をとる。また,それぞれの状態のHIV-1のうちで感染性があるものの割合は非常に小さい。従来,感染個体内におけるHIV-1の研究では,このようなHIV-1の存在形態や感染性の違いについてあまり注意が払われてこなかった。そこで,感染者末梢血における,血漿中ビリオン,単核球中プロウイルス,感染性単核球中プロウイルスの三つのウイルス集団について,ウイルス量と予後との関係や,遺伝的多様性と病期との関係を調べ,各ウイルス集団のHIV-1感染症に対する病因論的差異について検討した。 荻窪病院に受診しているHIV-1感染血友病患者50人を対象とした。血漿中のウイルスRNAとPBMCs中のプロウイルスの定量はcompetitive nested PCRによって行った。感染性PBMCsの定量およびその中のウイルスのクローン化はplaque hybridization法によって行った。ウイルス定量後の感染者の予後は,CD4値の1年間の経時変化を回帰分析することによって定量化した。各ウイルス集団の遺伝的多様度は,それぞれ10個のクローンのenv遺伝子V3領域において,二つのアミノ酸配列間にみられる異なったアミノ酸の割合の平均値から計算した。 実験の結果,(1)血漿中ビリオンでは,その量はCD4値との間で弱い相関があるが予後との相関がなく,その遺伝的多様度は最高でCD4値との相関が強かった。(2)単核球中プロウイルスでは,CD4陽性細胞に対する濃度はCD4値とも予後とも相関があり,その遺伝的多様度は中位でCD4値との相関がなかった。(3)感染性単核球中のプロウイルスでは,その量はCD4値に対しても予後に対しても相関があり,その遺伝的多様度は最低でCD4値との相関がなかった。以上の結果は,血漿中のビリオンが体液性免疫の攻撃を受けやすいのに対し,HIV-1感染細胞,特に感染性のある感染細胞中のHIV-1には細胞性免疫があまり有効に働かないことを示唆している。また,患者の病期進行の速度を推量したり,抗レトロウイルス治療の効果を判定する場合,血漿中のビリオンRNA量よりも,末梢血中の感染細胞数を指標とする方が望ましいことを示唆している。
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