研究概要 |
神経活動の中でも特に,記憶・学習等,中長期にわたる活動の達成・維持には,新たに遺伝子誘導およびそれに続く蛋白合成が必須と考えられる。例えば,記憶・学習等に素過程のモデル系として注目される海馬における長期増強においては,複数の転写因子の制御下に多数の標的遺伝子が活性化あるいは抑制されると予想される。これらの標的遺伝子のあるものはそれ自身転写因子をコードする遺伝子である可能性があり,その産物である転写因子はさらに一群の標的遺伝子を制御すると予想される。このような中長期的可塑的変化の基盤をなす階層性遺伝子支配の実体の解明を目的として,ラット海馬スライスCA1領域における長期増強および長期抑圧的に発現が変動する遺伝子の検出を試みた(Geneve大学D.Muller博士らとの共同研究)。従来同系においては得られる試料が微量なことが分子生物学的解析を困難にしてきた。今回,海馬スライスCA1領域細片に由来する微量RNAを用いて,mRNAを増幅しうる手法を開発した。50ng全RNAに由来するpoly(A)RNAをpligo(dT)磁気ビーズに吸着し,5'端,3'端にそれぞれT7,SP6プロモーター配列を有する二重鎖cDNAを合成し,全cDNA群をPCRにより増幅した。digoxigenin標識したアンチセンス鎖RNAを合成し,フィルターに固定した各種マーカーcDNA由来センス鎖RNAにハイブリダイズさせ,各マーカーmRNAレベルの変動を調べた。その結果,長期増強誘発後1.5時間において亜鉛フィンガー型転写調節因子zif268およびbrain-derived neurtrophic factor (BDNF) mRNAの増加が確認された。また,シトクロームオキシダーゼ・サブユニットIII mRNAが長期増強時に増加,長期抑圧時に減少することが明らかになった。また,長期抑圧誘発後1.5時間CA1細片由来センス鎖RNAおよびコントロールCA1細片由来アンチセンス鎖RNAを用いてサブトラクションクローニングを行い,長期抑圧時に誘導される数種のクローンを単離した。
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