研究概要 |
主鎖の完全緩和解析手法の開発:従来蛋白質の主鎖の局所運動には、測定及び解釈の単純な15Nを用いた解析が主に行われてきているが、当該年度の間に本研究においては、特殊な同位体標識技術と新しいNMR測定技術を用いて15N,13Ca,13C=O全ての主鎖の核のスピン緩和速度の解析とそれに基づく核原子近傍のオーダーパラメータの評価を行った。この結果、カルボニル炭素の緩和解析に基づいたオーダーパラメーターの値は、他の二つの核の解析に基づいたものと大きく異なる値を持つという結果になった。分子動力学計算による分子内部運動の様子を比較した結果、この相異は蛋白質分子内部の運動性の相異を反映するのもでのはなく、カルボニル炭素自体のもつ緩和パスの残基毎の相異に基づくものであることが解った。この具体的な緩和パスの相異は、カルボニル炭素回りの非等方的な電子分布の違いを反映しており、動力学シミュレーションの結果と実験結果から分子内水素結合など各カルボニル基の電子状態に変化を与えるような構造情報を抽出する事が可能となった。従来、溶液のNMR手法により蛋白質内部の水素結合強度をモニターする事はできなかったが、このようなカルボニル炭素の緩和時間の解析から、蛋白質分子内部の水素結合状態について調べることが可能である。このことは、蛋白質の構造安定化機構を議論していく上で重要な構造情報となる。現在、各カルボニル炭素の緩和の挙動とそれぞれの構造上の存在状態について検討を進めている。 蛋白質水和状態の解析:既に我々が立体構造を明らかとしたcystatin Aを用いて、蛋白質表面、内部の結合水の存在様式を調べるためのNMR測定の最適化を行った。蛋白質分子と、溶媒中の水分子との間のROE/NOEを観測する上では、観測感度が極めて低いことが問題であるため、蛋白質を飽和濃度に、2mM、に溶かした溶液を8mmの径のサンプルチューブを用いて測定した。また、レシーバー中の水の量が増大する事により深刻となるradiation dumping等の問題を抑えるために測定法にもいくつかの修正を施した。その結果、約20個の結合水の存在を確認する事ができた。15N-Hをプローブとしているためいずれの結合水も蛋白質中の露出したループの部分に存在しているが、いずれの水の滞在時間が約500psec以上であるこのことからループ部分のアミドプロトンが、過渡的に溶媒の水分子との水素結合を形成している可能性が示唆できた。分子動力学シミュレーションの結果との対比でより具体的な存在様式を検討中である。
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