研究概要 |
変態期の昆虫の中枢神経系では神経回路網の再構築がおこるが、その機構にアポトーシスが関与している可能性が高い。したがって、アポトーシスの分子機能を解析することは、変態時の神経系再構築機構を解明する上で重要である。しかし、幼虫の中枢神経系から細胞死をおこす細胞を生化学的材料として用いることは、量的、方法論的に難しい。そこで、私達は、ショウジョウバエ幼虫中枢神経系からクローン細胞株を樹立し、これらを用いてアポトーシスの機構を解析する手法をとった。 ショウジョウバエ幼虫中枢神経系から樹立したクローン細胞株のうち、昆虫の神経細胞特異的マーカーである抗HRP抗体に陽性で、神経伝達物質であるアセチルコリンの含量が多く、種々の神経ペプチドやアミノ酸を含有しているML-DmBG2-c2細胞株を主に用いた。この細胞株は、A23187(カルシウムイオノフォア)、H-7(プロテインキナーゼ阻害剤)、ニコチンアミド(poly(ADP-ribose)polymerase阻害剤)、アクチノマイシンD、シクロヘキシミド(RNA、タンパク合成阻害剤)によって、クロマチンの凝集、DNAのヌクレオソーム単位での断片化を伴うアポトーシスが誘導される。これらの薬物のうち、A23187,H-7によるアポトーシスの細胞内分子シグナルカスケードをより詳細に解析するために、細胞膜透過性、非透過性Ca^<2+>キレーター(BAPTA)、Ca^<2+>-dependent endonuclease阻害剤(aurintricarboxylic acid(ATA))、Ca^<2+>/calmodulin regulated enzyme阻害剤(W-7)、interleukin-1β converting enzyme(ICE)阻害剤、CPP32阻害剤の効果をDNAの断片化を指標に検討した。また、H-7はprotein kinase C(PKC),protein kinase A(PKA),cGMP-dependent protein kinase(PKG),myosin light chain kinase(MLCK),casein kinasel(CKI)の阻害剤であるが、この内、どのkinaseがH-7によるアポトーシスに関わっているかを、それぞれの特異的阻害剤であるcalphostin C,H-89,ML-9,CKI-7を用いて解析した。A23187によるアポトーシスは、細胞膜透過性、非透過性BAPTA、ATA、ICE阻害剤によって阻害された。この結果は、A23187が、細胞外からのCa^<2+>の流入を引き起こし、ICE様proteaseを活性化することを示している。さらに、この時に、Ca^<2+>-dependent endonucleaseによってDNAのヌクレオソーム単位での断片化がおこることが示唆された。一方、H-7によるアポトーシスは、細胞膜透過性BAPTA、W-7、ICE阻害剤、CPP32阻害剤によって阻害された。しかし、calphostin C,H-89,ML-9,CKI-7はアポトーシスを誘導しなかったので、H-7は、主に阻害するとされるPKC,PKA,PKG,MLCK,CKI以外のH-7-sensitive substanceを標的としていることが示された。よって、H-7は、未同定のH-7-sensitive substanceを阻害することにより、ICE様、CPP32様proteaseを活性化してアポトーシスを誘導し、この時にCa^<2+>/calmodulin regulated enzymeが関与することが示唆された。さらにDNAの断片化は、ATAでは阻害されないendonucleaseによっておこると考えられた。以上のことから、ショウジョウバエの細胞においては、少なくとも2種類以上の異なるアポトーシスのカスケードが存在すると考えられる。
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