近年嗅覚や視覚系に於ける多数の神経細胞の同期的活動が話題になっている。例えば昆虫の嗅覚系ではantenal lobeに広範な膜電位の同期が見られ、しかも特定の匂い刺激に対して神経細胞の発火タイミングは驚くほど正確である。これらの結果は多数の神経細胞の同期発火によって情報が表現されることを支持しているが、興味深い仮説として振動周期が一種の時計として機能し、刺激の強さが発火の位相にコードされるというものがある。現状では仮説の域を出ないが、刺激強度認知の心理物理実験の結果や、強度に無関係なパターン認知という観点からは、発火位相が刺激強度の対数で決まるとすると都合が良い。ここではこの仮定に基づき、単一神経の発火タイミングを利用した乗算演算の可能性を、現実的なホジキン・ハクスレ-型神経モデルを提案して検討した。モデルでは抑制性シナプス結合と低閾値型カルシウム電流の効果による脱抑制発火を利用して、二つの入力刺激の積が計算される。このような乗算演算の情報論的有用性は、いわゆる和-積ユニットの研究によって示される通りである。 次に、本重点領域研究テーマ「高次脳機能の理解」という目標に向け、選択的注意現象に関する視覚情報処理のモデルを提案した。注意現象には神経活動間の競合が関与すると考えられている。競合が単一神経回路内で起こるとすると従来の立場を離れ、線分の傾きや色、形状といったそれぞれの次元で、しかも次元毎に定められた特定の視覚短縮(プロトタイプ)毎に分散的に起こるという仮定に立ち、モデルを構成した。このモデルを使って、何故ある視覚探索課題ではpop-outが起こり、別の似たような課題では直列探索になるかといったことが、いろいろな場合について簡単に説明出来た。研究結果は重点領域冬のワークショップで報告したが、投稿論文でも準備中である。
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