研究概要 |
本研究の目的は,イントネーションに代表される発話の韻律的特徴が,種々のパラ言語的意味の表出にどのようにかかわっているかについて,イントネーションの自由度の高い無アクセント方言を対象に単索的な研究をおこなうことにあった. 熊本方言のイントネーションはひとつ以上のアクセント句から構成され,個々のアクセント句は,左右両端がともに低く,内部に高々一個所のピークをもつ.ただし,このピークの位置は音韻論では決定されず,様々な語用論的要因,-特に発話の丁寧さ-によって大きく変動する. また熊本方言は高度に発達した敬語の形態論を有する方言であり,終助詞の選択によって少なくとも3水準の丁寧さを表出しわけることが可能である.そこで興味深いのが,語彙的要因(終助詞)と韻律的要因(イントネーション)によって伝達される丁寧さが相互にどのような関係にあるのかという問題である. この問題を解明するため,単一アクセント句からなる疑問詞疑問文を素材として,ピーク位置をさまざまに変化させた自然音声を利用して,一対比較法により発話の丁寧さを測定する実験をおこなった.その結果,語彙的要因と韻律的要因は丁寧さの伝達においてほぼ同程度に寄与することが判明した. また,実験データに対する分散分析を実施してみると,中年層被験者群では語彙的要因と韻律的要因との間には相互作用が存在しないのに対して,大学生を中心とする若年層被験者群では,弱い相互作用の存在が検出された.これは中年層と若年層とではふたつの要因への依存のありかたが異なり,若年層のほうが,韻律的要因にたよって丁寧さを表出する傾向にあることを示すものであり,方言の共通語化の効果であると考えられ,パラ言語的情報の伝達にも社会言語学的変異が存在することが確認された. これらの成果の一部は国語学会の機関紙『国語学』190輯などに掲載されている.
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